即位

即位した順正帝は,国政の方針を一挙に積極策へと転じ,
亜州の征服を目指すようになった。

亜州を征服して,常盤を統一することは,
明帝とうたわれた天祥帝ですらなし得なかった大事業である。

亜州への渡海遠征を行う場合,出撃拠点となるのは海西地方である。
そのため順正帝はただちに,
海西地方へ至る主要な街道・運河の整備を大々的に進めた。

大軍と補給物資を円滑に海西地方へ移送するための環境整備である。
これらの土木事業には,

9年もの歳月と莫大な資金,
そして何より多大な労力が費やされた。

当然,民力の疲弊もそれなりのものとなっていた。
それでもまだ当時の広奈国には,余力があった。
ゆえに順正帝は,

「真の意味で民を救おうと思えば,
海内を統一して泰平の世をつくりだすのが最もよい。
そのために必要な艱難辛苦ならば,
民は甘んじて受け入れるべきであろう。」

などと述べてはばからなかったという。

民間には不満の声も上がっていたが,
広奈国の順正10年(1421),順正帝は,
間髪入れずに亜州への遠征へと突き進んでいくのであった。