群雄割拠

都は今や,完全に詮時の制圧下に入った。

だが,詮時はあせっていた。
もはや,詮時は自分が皇帝になる気でいたから,

皇太子と詮文皇子を始末しておかなければ,
後々厄介になると考えていたようだが,
しかし,どこを探しても,二人は見つからなかった。

じつは,二人ともすでに都を出ていたのである。

皇太子は,一条家本拠,花岡へと落ち延びていた。

例の一条家の間者は,順正帝を救うことはできなかったが,
皇太子の命は守りぬいたのである。


一方の詮文皇子はといえば,
こちらはお忍びで宮廷から外出し,
遊び歩いていたために難を逃れ,

そのまま,京極家の手の者に保護されて
京極領へ落ち延びたのであった。


この大乱の後,広奈国内では皇帝の位を争う者が三人も立った。
一人は名島詮時,今一人は皇太子,
そして,残る一人は詮文皇子である。

だが,この三人のだれが皇帝となっても,
その皇帝が帝国全土を束ねることは,もはやできない状況にあった。

皇帝の権威が,順正帝の失政によってすでに失墜していたからである。
帝室の失墜によって,広奈国内では群雄割拠が進んでいく。

結局,順正帝は常盤に平安をもたらすどころか,
皮肉にも逆に戦乱を一層,激化させてしまうこととなったのであった。