英雄の末裔

新名氏は,古代に左末(さま)国を築いた英雄 志賀の末裔と言われる。

志賀は,湾陰を制したが,
志賀の後継者も左末国の勢力を順次拡大させていったという。

志賀の六代後の王 志貴の代に左末国は全盛期を迎え,
その版図は湾陰・湾陽・河首・湖西にまで及んだという。

志貴の時代,常盤では左末国の他に,
海西の諏訪国,首北の美保(みほ)国,多治(たじ)国,
首内の久能(くの)国,海東の烏兎(うと)国,
海陽の久慈(くじ)国などの勢力が有力であり,互いに覇を競っていた。

中でも諏訪国は急速に台頭して抜きん出た存在となっていたのだが,
志貴は,美保国や久能国などと結んで,諏訪国に対抗,
衣奈(えな)の戦いでは諏訪国軍に大勝した。

志貴は,反諏訪連合の英雄として大いに名声を高めたが,
盟友の裏切りにあって諏訪国に捕らえられ処刑されるという悲劇的な末路を迎えてしまう。

英雄 志貴を失った反諏訪連合は,諏訪国に各個撃破され,左末国も滅亡してしまった。

国の滅亡により,王室の本流は断絶したものの,いくつかの傍流は残った。

そのうちのひとつが,新名氏につながる。

志賀の末子 巨勢(こせ)に始まる一族である。

この一族は,左末国滅亡の時に当主 金手(かなで)に率いられて,
諏訪国の力の及ばなかった,河首南部に逃れた。

やがて,金手は,諏訪国より国譲りを受けた瑞穂国の不二による河首制覇に協力し,
故地に近い河首北部の遊井(ゆい)で諸侯に封じられ,
早摩奏(さまの・かなで)を名乗った。

家を復活させた奏(金手)は,諏訪国時代の逃亡生活の中で,正妃も側室も失っており,
遊井に落ち着いた老境にさしかかって,新たに世利姫という若い娘を正妃に迎えた。

やがて,世利姫は,奏の八男となる武(たける)を生んだ。

武は,父 奏にはもちろん,兄弟にも大いに可愛がられたといい,
やがて遊井地方の要衝 新名を所領として与えられる。

新名氏の始まりであった。

奏の血統で,広奈時代まで残ったのは,
この武の新名氏のみであった。

古代瑞穂では諸侯には公・侯・伯・子・男までのいずれかの爵位が与えられ,
諸侯の臣や,下位の廷臣には,名爵・士爵という爵位が与えられた。

武は,諸侯の分家の当主として,朝廷から名爵に叙せられた。