諸国 ペルトナ

ペルトナは,レイア大陸最西端にある。

東はイストラと隣接しており,西は大西洋に面している。

南は地中海であり,対岸はテルメ大陸である。

レイア諸国による大航海時代の火蓋を切ったのが,
このペルトナである。

当時,レアリア大陸の古くからの東西交易ルートは,
イリハム朝に握られていた。

イリハム朝は,
レイアとアリアにまたがる超大国に成長すると,
東西交易を独占し,高い関税をかけるようになる。

その結果,レイア諸国は,
従来の交易ルートによらない新しい航路を求めて
外洋へと進出していくのであった。

折しもレイアには,宗教改革の嵐が吹き荒れていた。

イリオン教皇は,新教勢力に対抗するため
旧教国のペルトナ・イストラを後援して,
海外への旧教拡大を目指すようになっていた。

ちょうどペルトナは,イストラとともに,14世紀前半には,
パルミラ人勢力をテルメ大陸まで逐い,
レコンキスタを完成させたところである。

このレコンキスタの途上で,ペルトナもイストラも,
民族主義的な色合いを強め,
他のレイア諸国に先駆けて中央集権化を果たしていた。

こうした状況から,海外進出の機運は,高まった。

ペルトナは,テルメ大陸沿岸部・島嶼部の攻略を開始し,
大航海時代が幕を開ける。

1438年,アベル・サイノス率いる艦隊が,
東回りでサラスへの到達を果たすと,
さらにペルトナの勢力は東洋へと拡大していく。

ペルトナは,1495年には,
華国大陸の南端テンピコ島を拠点とした。

1460年代には,ペルトナ人が常盤群島各地に来航し,
火縄銃をもたらしている。

また,ペルトナは,イリオン教皇の仲介により
イストラとの間でアルメ条約を締結して,
世界における両国の勢力圏を画定した。

ちょうど,1430年代には,
イストラがリュイト・スピネラ両大陸にあいついで到達し,
自国の勢力圏としていた。

しかし,その後,ペルトナの探検家 リベルト・オリオールは,
リュイト大陸の東端・スピネラ大陸東部が,
アルメ条約で定めたペルトナの勢力圏に含まれていることを突き止めた。

これにより,リュイト大陸東端・スピネラ大陸東部には,
ペルトナ人がその勢力を扶植していくこととなった。