諸国 レーヴェスマルク

レーヴェスマルクは,
レイア北西のレーヴェ島(獅子島)の島国であり,
フリグラント,ヴァルヒェン,バルトラントの
三つの国から構成されている連合王国である。

島の地形が獅子に似ていることから,
レーヴェ(獅子)島と名付けられたという。

11世紀の初頭にレーヴェ島対岸のサンセ北部から
侵入してきたラナマン人がフリグラントを征服,
ラナマン朝フリグラント王国が成立した。

国力にも優れていたフリグラントは,
レーヴェ島内で勢力を拡大,バルトラントを圧迫し,
ヴァルヒェンを併合するに至る。

その後,ミステルツヴァイク朝時代の
中世末には,サンセ継承戦争により,
フリグラント王国は,大陸の版図を喪失,
レーヴェ島の島国となった。

このことは,フリグの人々に
民族意識を芽生えさせきっかけとなる。

16世紀中葉には,フリグラントとバルトラントは,
同君連合を形成し,レーヴェスマルク連合王国となる。

レーヴェスマルクとは,
「レーヴェ島の境域」という程の意味である。

レーヴェスマルクでは,イストラ・ペルトナ両国に遅れて
16世紀初頭に絶対王政への移行が始まる。

ここに至り,強力な権力の後押しを受け,
レーヴェスマルクでも海外への進出が盛んとなっていく。

先行するイストラ・ペルトナが
低緯度から中緯度地方に勢力圏を持っていたため,
レイアの後発諸国は,中緯度から高緯度地方へ進出し始めた。

やがて,低緯度地方でも
独自の航路を開拓し始めたレーヴェスマルクは,
アリア貿易市場における影響力を増大させていく。

常盤にも16世紀初頭に来航するが,
この頃はフリグラントとバルトラントが
同君連合を形成する以前であったため,
常盤の人々は彼らをフリグラントの人を意味する
「フリギス人」という名称で呼んでいた。

いまなお,常盤の大半では,慣用的にレーヴェスマルクを指して
「フリギス」と呼称するが,
ただ同国と親交を深めた日生国のみが,
レーヴェスマルクという呼称を定着させている。

レーヴェスマルクはまた,
レイア大陸で吹き荒れた宗教改革の波に乗る。

クラウス1世の代に,
国王を頂点とする国教会を設立したのである。

以後,レーヴェスマルクは,
イリオン教皇を頂点とするイリオン教会および
その支持者である旧教勢力と対立するようになった。

特に,クラウス1世の娘 クリスティーネ2世の代には,
交易圏をめぐる勢力争いとも相まって,
レーヴェスマルクは,
旧教国の盟主とも言えるイストラと衝突することになった。