諸国 サンセ

アレクシ(アレクシス)大帝の築いたシンケル王国は,
当のアレクシが崩じた後,三王国に分裂した。

この三王国の内の西シンケル王国が,サンセの基礎となった。

当初,サンセの王権は弱体であり,
単に諸侯の連合体の盟主といった程度のものであったが,
ジヴェ朝・レオミュール朝と政略結婚や対外戦争などを経て,
王権の強化を果たしていった。

また,ジヴェ朝の後期には,王権拡大を図る国王 レオン4世と
イリオン教皇 ペトロス8世が対立するに至る。

身分制議会である三部会を開催して支持を取り付けた
レオン4世はやがて,軍事力でペトロス8世を圧迫する。

これをきっかけとして
ペトロス8世が憂悶のうちに逝去すると,
レオン4世は,サンセ人を教皇に擁立し,
教皇庁をサンセ国内に移転するなど,
教皇権を凌ぐ王権の確立に成功した。

こうして強い王権とレイア随一の人口,
広大な農地をもつサンセは,一躍大国となる。

レオミュール朝時代,その全盛期を現出した,
レオン7世は,神聖イリオン皇帝位をも狙った。

結果,レオン7世は,神聖イリオン皇帝位を世襲する
リンドグレン家と激しく対立,
エクシャの支配権をもリンドグレン家と争う。

さらに,1461年,イリハム朝が,
リンドグレン家の本拠地 ベルテボリを包囲するなど,
イリハム朝とリンドグレン家の対立が深刻化すると,
レオン7世は,宗教の垣根を超えてまで,イリハム朝と連携した。

レオン7世は,徹底して反皇帝を貫き,
外交姿勢にもそれは如実に現れていた。

そうした姿勢は,
サンセの王家がレオミュール朝からダンドロ朝へと移っても
影響を与えることとなり,
1512年の東イリオン帝国再興の原動力となった。

一方,レオミュール朝末期から
ダンドロ朝の初期に当たる
15世紀後半のサンセは,
新教勢力と旧教勢力による内戦が長期化の様相を呈していた。

ここにおいて,サンセが外洋へと本格的に進出するには,
もう1世紀程待たねばならなかったのである。