諸国 ニイマルク

ニイマルクは,ヴァナディースの南東にある地域である。

ニイマルクという名称は,「新しい土地」を意味する。

アレクシス大帝が,8世紀前半にこの地を新たに制圧したことから,
この名前で呼ばれるようになった。

アレクシスの帝国が分裂したのちは,東シンケルの領域となる。

924年には,フォンタンボリ家のイェオリがこの地を獲得して,
ニイマルク辺境伯領が成立した。

フォンタンボリ家は,10世紀後半に,
ヴァナディース南部のラブリェ地方の支配権と引き換えに,
公国の格を得る。

のち,フォンタンボリ家が断絶すると,ニイマルクは,
スコリエ王 ヘルベルト1世の支配下に入った。

ところが,ヘルベルト1世は,
サルトショピ二ェンの戦いで
リンドグレン家のグスタフ1世に敗北,
リンドグレン家がニイマルクの支配権を得た。

リンドグレン家はその後,
神聖イリオン帝国の皇帝位を世襲化する。

さらにリンドグレン家は16世紀に入ると,
レイア各地に所領を獲得していく。

オーロフ大公(神聖イリオン皇帝オーロフ3世)は,
クシフォワ公 シャルルの娘 カトリーヌを妃に迎えていたが,
シャルルが後継者なくして薨じたため,
クシフォワ公領であったリーフランドを継承した。

さらに,オーロフとカトリーヌの息子 アレクサンデル(アレッサンドロ2世)は,
イストラ王女 エレオノーラと結婚したが,
エレオノーラがイストラ王に即位したため,
イストラ本土とイストラの植民地である両新大陸などがそのまま,
リンドグレン家の領土に加わった。

また,スコリエ王 トマシュ2世がこちらも継嗣不在のまま崩じると,
リンドグレン家は,スコリエ王国領の支配権も獲得した。

折しも,宗教改革の勃興によって,
神聖イリオン皇帝家であるリンドグレン家は,
旧教の盟主となる。

これにより,リンドグレン家は,
新旧両派の対立を契機として勃発した,
ヴァナディース戦争へと突入していく。