相続

紗耶正信は,広奈国の興徳21年(1475),
高山氏麾下の小領主 紗耶正幸の次男として生まれた。

一条智綱薨去の前年のことであり,
正信は,新名梓より二歳年長ということになる。

高山氏当主 利斉は,このころ一条家の力を借りて,
岩倉氏の専横を排除したところであった。

しかし利斉の後を幼主 斉英が継ぐと,
高山家中では,今度は本田斉清の専横が強まる。

正信の父 正幸は,斉清の専横に反対して本田氏に所領を奪われ,
姫村氏を頼って落ち延びたと言われる。

興徳年間の末から天啓年間の初めころ(1480年代半ば)のことだとされている。

姫村の客将となった正幸は,
姫村領北辺の防備を担うこととなり,本田氏と争った。

正幸は天啓5年(1490),逝去し,
その後を,長男 正村が継いだ。

ところが正村は,翌年の本田氏との戦いで重傷を負って,
そのままなくなってしまう。

正村には幼い一女があるのみで,
後継となる男子がいなかったため,
正信が紗耶家の当主となった。

この時,正信は姫村孝治の末娘を正室に迎えている。

天啓9年(1494),姫村当主 孝治が逝去すると,
これに乗じて,香上氏・秦氏が失地回復を目指して姫村領に侵入する。

正信は少数の手勢で秦軍に突入,これを撃破し,
一躍,周辺諸地域に武名を轟かせることとなった。