底力

伯台神聖は,花宮神聖の方針を継承しながらも,
ペルトナ・イストラなど旧教国から離れ始める。

旧教国による布教が,
侵略の足がかりともいえる臭いを持っていることを嗅ぎとったからである。

16世紀初頭,伯台神聖は,積極的にフリギスの
遭難航海士や知識人などを恩典を与えて囲い込み,
軍事技術の改革,殖産興業に務めた。

伯台神聖は鋳造砲の国産を始めたが,
これは花宮時代の方針を受け継いだものである。

また日生国は良質の鉄鉱石の産地でもあり,
回復の早い豊かな森林資源も存在していたから,
やがて洋式の木炭高炉法すら早い段階で導入されていくことになる。

聖家は,西洋ではフリギスのみで追求されていた
鉄製大砲の鋳造をも研究し始めた。

さらに,伯台神聖は,フリギスの航海士を顧問として
洋船の製造にも取り掛かっている。

産業でも,陶磁器や絹織物の生産と西洋への輸出を促進する。

これは,すでに15世紀半ばに華国との私貿易などでもたらされていた
人材・製造技術が元になった。

こうした改革や殖産興業・富国強兵は,
神聖家の領国・一部諸侯の領国では盛んであったが,
それが,全くと言っていいほど,国政には反映されなかった。

政府直轄地の兵装は旧式であり,制度は旧態依然,
流通や徴税は既得権益者によって厳格に統制され,
前述のごとく何事も「前例」を第一とした。

日生国は,政府直轄領では緒土国に敗れ,
神聖家領や大諸侯家の所領では逆に緒土国を圧倒した。

神聖家内部や諸侯家内部にはしっかり体力・適応力があった。

これは,日生国にとっての救いであった。

問題は,その体力・適応力を
いかに日生国そのものに及ぼすかであった。