総攬就任

入島神聖は,総攬選挙出馬に先立って
父から神聖位を引き継ぐつもりであった。

総攬として首都 伯台に居住する伯台神聖に対し,
入島神聖は,神聖家本拠 世羅に留まり,
神聖家内で影響力を拡大しつづけていた。

すでに,神聖家内の有力者は,入島神聖の神聖即位を支持していた。

ここに至り,入島神聖は,神聖家諸臣の推戴を受けて,
伯台神聖から神聖位を譲られたのであった。

百二十八世20年(1510),入島神聖は,神聖として総攬選挙に臨んだ。

議会は紛糾した。

そもそも保守派の大多数は,入島神聖の立候補すら認めなかった。

しかし,入島神聖は極秘裏に元老院の過半数の支持を得ていた。

中立派領袖 浅宮顕臣,
平民派領袖 吉見敏景らは,
自派を入島神聖支持で固めきっていた。

そして,保守派の中にも,入島神聖を支持しないまでも,
その立候補だけは認めるべきであるとする者もあった。

立候補に関して何ら不正のない入島神聖の立候補を妨げることを,
「堅持すべき伝統の否定」と考える議員達がいたのである。

結果として保守派は切り崩され,押し切られた。

入島神聖は立候補し,総攬に当選した。