正統性をもって日生国で政権をとる――
それにはあくまでも元老院の承認がいる。
それが帝王を否定し,
貴族共和制を採用した日生国の姿であった。
武力による政権が誕生した時点で,
それは「日生国」ではなくなる。
武力により現政権に反旗を翻した保守諸侯は,
「自ら正統性を捨てた」のである。
政権に反旗を翻した保守諸侯は,
成瀬政直を盟主に結束した。
政直は,自派の諸侯を糾合することで兵5万以上の動員を狙っていた。
しかし,保守派の兵力は3万に留まった。
冗官整理令の影響が出ていたのである。
かつて諸侯は,自らの影響力によって政権に「官職」を用意させ,
その「職」を分配することで自派をまとめていた。
冗官整理令の結果,この構図は崩壊し,
諸侯は自らの力のみで家臣を養わなくてはならなくなる。
大諸侯ですら土地・俸給が不足し,
中小諸侯ではいっそう悲惨であった。
政府派の諸侯は,養いきれない家臣を政府軍の将兵として送り出したが,
反政府派の保守諸侯には,そうした道もなかった。
保守諸侯の動員力には翳りが出ていたのである。
政府は,6万を動員した。
政府軍の要職を占める諸侯・貴族は,
領国の兵ではなく政府軍を率いた。
指揮系統は統一され,その頂点はもちろん総攬となった入島神聖である。
ここでも保守派は遅れをとった。
保守派は諸侯の寄り合い所帯である。
各諸侯の軍は,各諸侯が指揮を執る。
しかも,保守派は「正統性」という点でも説得力を持っていない。
入島神聖は,
「これで改革は一層進む」
と勝利を確信して意気揚々と出陣した。
