北伐

国内をひとまずまとめた入島神聖は,
旧都 久礼の奪還を目指した。

外交では,遠縁の千楽真季(せんらく・さねすえ)を派遣して
日生国の東隣の湯朝と同盟を結び,
緒土国・綾朝の連合に対抗する形勢を作りあげた。

軍事では,まず
大量の洋式大砲の鋳造と洋式艦の建造を進め,
海軍力の強化を図った。

陸上では久礼半島が,
山がちで海に迫った隘路の連続であるため,
移動・輸送に向かない大砲ではなく,
火力増強は火縄銃の配備によって進められていく。

百二十九世6年(1515),
日生軍5万は,久礼半島を北上した。

呼応して湯朝の山奈広康も綾朝へ侵攻した。

久礼半島に所領を持つ玉爵 香耶義治が陸路を,
入島神聖は海路より進撃した。

緒土国王 前久は,
主力を率いて久礼半島第二の都市 桃生に入り,
腹心の折原史広(おりはら・ふみひろ)に日生軍を迎え撃たせる。