桃生攻略戦

日生軍は,水陸から桃生に迫った。

海上では,日生の洋式艦隊が緒土水軍を大破,
陸上では,緒土国王 前久率いる桃生救援軍を
香耶義治率いる日生陸上部隊が遮った。

桃生は封鎖された。

桃生周辺の制海権を得た日生軍は,さらに前久の退路遮断を狙う。

前久は,緒土国が制海権を維持している姫島水道沿岸まで後退を余儀なくされた。

補給を絶たれている上,
目視出来る範囲から味方の軍が消えた桃生の守備隊は,動揺しはじめる。

入島神聖は,桃生から見た包囲陣が堅牢さを増したように見えるよう増築を各所で行い,
その一方で,城将の退去と守備兵全員の助命を条件とした降伏勧告を行うなどした。

桃生は,包囲開始からひと月余りで開城した。

約束通り,城将 佐嘉光常(さが・みつつね)とその妻子は桃生から退去を許され,
城兵も助命された。

佐嘉光常はしかし,

「私は我が身を惜しんで開城したわけではない。」

と,自害してしまった。

綾朝の緒土国救援軍が久礼半島に現れたのはそれからわずか3日後のことであった。

これに先立つこと半月余り,
湯朝の山奈広康は,川手へ迫り,綾朝の早智秋・上村晴世らと対峙したが,長期戦を嫌って撤兵している。

広康の撤兵を知った,入島神聖は,

「既に桃生を奪還し,旧都恢復へ足がかりを得た。
今回は,これ以上望めばかえってこれまでの成果を台無しにする。」

と,北伐の中断を決断した。

神聖は,桃生の防備を固め,守将に香耶義治を残して伯台へ凱旋する。

綾朝側も,緒土国の滅亡を避けられればそれでよく,
入島神聖を伯台へ引き上げさせたことこそを戦果と認識し,本国へ引き上げていった。