亡命

後藤信暁を始め,入島神聖が聖太子につけた諸臣は,
聖太子や嘉子を支え,琴子の奪還を目指したが,数で勝る蒲生軍に抗うのは困難であった。

結局,太子主従は,神聖家から亡命せざるを得なくなる。

後藤信暁は,

「蒲生聖君は,浅宮家や香耶家と不和であり,元老院で多数を得られない。
神聖の位を簒奪しても,総攬にはなれないだろう。

元老院では,開明派は,神聖派と香耶派に分裂し始めている。

こうなると開明派が中間派と組んで政権を保つのは不可能となる。

他方,保守派も単独では多数派とならない。

結局,中間派の浅宮政臣が,保守派と組んで政権を構築するより他なくなる。

神聖家を敵視する保守派と組むであろう浅宮家を頼ることはできない。

香耶玉爵は,前の神聖と親交があり,また義に篤い方である。」

と述べて香耶への亡命を主張した。

七河清良も,

「天文を見ても,我が君にとって東,すなわち,浅宮家は凶であり,
北,すなわち香耶家が吉と出ております。」

と,信暁の意見を推した。

聖太子主従は,香耶家への亡命を選択した。

蒲生聖君は,太子を攻撃したが,
ついに太子を捕らえることはできなかった。

太子は,度々,周囲や妹 嘉子を気遣い,また,

「私が幼く,力無いために皆にこのように苦労をかけている。

必ずやいつの日にか皆に報いることができる者になろうと思う。」

と話した。

太子は,この頃から少しずつ,言葉数が増え,
師である後藤信暁に質問することも多くなっていったといい,
信暁は,

「我が君は,前の神聖様がご期待された以上の方かもしれない。」

と考えるようになる。

香耶家当主 義治は,自ら領国の境まで出て,聖太子主従を出迎えてくれた。