綾朝との対峙

さて,入島口では香耶義治・秀治親子が,緒土軍に対して堅守の構えを採った。

入島には,最新の国産鋳造砲が備えられており,その砲撃は緒土軍を混乱の渦に叩き落とした。

香耶秀治は,打って出て緒土軍に攻撃を仕掛けるが,その軍の騎兵は,新しい装備を身につけていた。

馬上筒である。馬上筒は騎兵銃の一種である。

機動力と射程距離を有する騎兵の新しい形の攻撃に,緒土軍は対処できず,潰乱した。

そこへ,日生軍歩兵が突入してくる。

緒土軍は総崩れとなった。

海上では,浅宮高臣・御月高任率いる日生水軍は,三山光繁率いる緒土水軍の南下を阻む。

緒土水軍はこのころ,ペルトナ製の鋳造砲を導入していた。

しかし日生水軍は,その性能と数を上回る国産砲を装備しており,
ここでも緒土軍を圧倒した。

緒土軍の日生国侵入の試みは完全に挫かれた。

上平口では,飛良遊暁・奈瀬能平・栗栖泰治が十和智文率いる綾朝軍を引き受けていた。

能平は,国境の要衝 上平の郊外に野戦築城を行い,
綾朝軍の南下を防ごうとした。

綾朝軍先鋒の片瀬幸宣が抜け駆けして日生側の奈瀬隊に銃撃を仕掛け,
激戦の火蓋が切られる。

奈瀬能平は受けて立ち,激しい反撃で,片瀬隊を圧倒した。

奈瀬勢はそのまま片瀬勢に突入,奮戦する片瀬幸宣を討ち取る。

片瀬勢は指揮官を失って潰走,奈瀬勢は,片瀬勢を援護に来て突出していた
西井和孝隊・蓮城元国隊に突入する。

好機と見た飛良遊暁は,西井隊・蓮城隊へ側面攻撃を仕掛け,
ついには,西井和孝,蓮城元国を戦死させた。

栗栖泰治は,綾朝の大沢治弘隊と一進一退の攻防を繰り広げていたが,
次第に,大沢隊を押し始める。

片瀬・西井・蓮城各隊を撃破されたことで大沢隊の戦意が低下したのである。

結局,飛良・奈瀬隊と栗栖隊の挟撃を受ける形となった大沢隊も潰滅し,
大沢治弘も戦死を遂げた。

日生軍は,いよいよ綾朝軍の本陣に肉薄し,
綾朝軍の十和智文は,泉晴重・義重父子を殿軍として,撤退を開始するに至る。

十和智文は長岡まで撤退したが,泉晴重・義重父子は戦死した。

十和智文は,惨敗の責任を取って解任されたが,程なく自害している。

綾瀬口では,世礼健が綾朝の将となった天堂兄弟と対峙していた。

しかし,天堂兄弟は,綾朝が各所で日生国を攻めあぐねている状況を知ると,
消極的な戦いしかしなかった。

綾瀬口での戦いは小康状態となる。

今や戦局は,綾朝に取って厳しいものとなった。

しかし,美城神聖は,

「綾朝の国力は我が国をやや上回っている。

また今回の役では,こちらも賢人・名将を失った。

我が国にとって状況はまだ非常に厳しい。」

と,分析した。

神聖は,軍事的に綾朝と対峙しながら,
水面下ではすでに綾朝包囲網を着々と構築し始めていた。