旧都恢復

安達軍は,巨島秋孝(こじま・あきたか)を総大将とし,
福島矩康・忍村国次(おしむら・くにつぐ)らを副将として,
いきなり久礼半島へ上陸を目指す行動を採った。

神聖は,浅宮高臣・御月高任,そして高須義織の子 高須陽視(たかす・はるみ),
さらに,近年,日生国の傘下に入った藤真慶貞らを従えて,
久礼半島の姫島沖で自ら安達水軍を迎撃した。

水上戦の経験は,日生軍が安達水軍を圧倒しており,
新しい兵器といえる艦砲や火縄銃などの扱いについても,日生軍に分があった。

また,安達家に父を殺害されている藤真慶貞は,その主従とともに極めて士気が高かった。

さて,海戦の主流が砲撃戦となる時代ではなかったが,
新兵器の火力は,次第に海戦での比重を大きくしていた。

魚鱗の備えを採る安達水軍は,鶴翼の日生水軍を分断しようしたが,
操船術で劣る安達水軍が日生軍を出し抜くことはできなかった。

日生軍御月艦隊は激しい銃撃を浴びせ,安達方の将 福島矩康を討ち取る。

安達水軍は,日生軍に包囲される形となる。

主君の仇討ちに燃える藤真艦隊は,忍村国次を敗死させ,
巨島秋孝も重傷を負った。

安達水軍は,潰滅した。

安達軍は,日生側の拠点を制圧しながら侵攻してきたわけでもないので,
この一度の敗北で,緒土国救援が困難になってしまう。

久礼は,孤立していた。

綾朝の皇太子率いる軍が殺到する緒土国本領からはもちろん,
安達政権からの救援の可能性もなくなってしまった。

久礼の将 呉岡忠久は,ついに開城した。

美城神聖は,父の代からの悲願である旧都奪還をようやく達成したのである。

美城神聖を讃える声は大きかったが,神聖は,

「父の遺徳の賜物である。私自身の成したことは小さい。」

と述べたという。

さて,緒土国本領では,衆寡敵せず,緒土国王 一久が綾朝に降伏する道を選んだ。

一久は,所領は削減されたものの降伏は赦され,諸侯として存続した。