南洋大陸の開拓,リュイトや中洋(東南アリア・サラス方面)諸国との通交の進展によって,
日生国の勢力圏は拡大し,西洋列強との摩擦が次第に大きくなっていく。

中でも,イストラ・ペルトナを南洋から追い払いつつあった,
リーフランドとの対決は不可避になりつつあった。

リーフランドは,ソロ王国の西に隣り合うマドゥラ王国内に,
都市 ニューローランドを建設,ここを拠点に勢力を拡大,香料貿易独占を目指して,
南洋に勢力を張っていたペルトナを追い払った。

さらに,綏盤島をも占領して対常盤貿易の独占をも目論んだ。

また,日生国が海外進出において消極策を採るように誘導しようと企図する。

ところが,日生国は,リーフランドの意図には乗らず,南洋への影響力を拡大し始めたのである。

リーフランドは,マナ王国,ソロ王国,マドゥラ王国三国の覇権争いを扇動し、
さらに各国内部の主流派と非主流派の抗争をも煽った。

マナ王国で内乱が発生し,ソロ王国がこれに介入すると、
今度はマドゥラ王国が,ソロ王国を狙って攻撃を加え,三つ巴の戦いとなる。

リーフランドはその影で暗躍し,漁夫の利を得始める。

美城神聖は,

「南洋は,理国(リュイト)と新州(南洋大陸)と我が国のちょうど真ん中にある。

ここを葉国(リーフランド)に抑えられると理国や新州との連携が絶たれ,それぞれに孤立することになる。」

と懸念した。

環日東洋諸国の和親による西洋列強への対抗,それが神聖の構想であり,
その完成のためにも,南洋諸国の安定は絶対条件であった。

美城神聖は,その絶対条件である南洋安定のために,
沢渡玲・草野司に軍を与え南洋へ向かわせた。

また,三国の抗争がリーフランドの勢力拡大の原動力となっていることから,
三国間の抗争の調停を内密に推し進める。

かつて,日生国はマナ王国の現国王カレア王の即位を助けたが,
その際に,マナ王国の主流派,非主流派双方との間に人脈が形成されていた。

ソロ王国でも,草野司などは,国王を始めとして多くの有力者と懇意であった。

さらに,マドゥラ王国内でも,従前より親日生派の形成を急ぐなど調略が進められていた。

百三十一世42年(1581)には,マナ王国で,
さらに翌43年(1582)には,相次いで日生軍はリーフランド人を打ち破り,
さらに,百三十一世44年(1583)には、リーフランドの拠点ニューローランドをも陥落させた。

綏盤島のリーフランド軍は孤立無援となり,日生軍の侵攻の前に敗北する。

南洋からリーフランドは去ったのである。

さて,列強の内,レーヴェスマルクは,日生国が南洋で勢力盛んとなった状況を見て、
サラス方面の経営を重視し,南洋進出を諦めた。




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